少女ギツネ
むかしむかし、仁和寺の東にある高陽川のほとりに、夕暮れ時になると可愛い少女に化けたキツネが現われて、馬で京に向かう人に声をかけるという噂がたちました。
「どうぞ、私をお連れ下さいませ」そう言って馬に乗せてもらうのですが、すぐに姿を消して乗せてもらった人をびっくりさせると言うのです。
ある日、一人の若者が馬でその場所を通りかかりました。
そこへいつもの様に少女ギツネが現われて、若者に声をかけました。
「そこのお馬の人。私をあなたさまの後ろへ、乗せてはいただけませんでしょうか?」
「ああ、いいですよ。」
若者はこころよく引き受けると、その少女を自分の馬に乗せてあげました。
そして何と、すでに用意していたひもを取り出すと、その少女を馬の鞍にしばりつけてしまったのです。
「これで逃げられまい」
実はこの若者、その少女がキツネだという事を仲間から聞いて知っていたのです。そしてそのいたずらギツネを捕まえようと、ここにやって来たのでした。
少女ギツネを捕まえた若者は、仲間の待つ土御門へと急ぎました。
若者の仲間は、たき火を囲んで待っていました。
「おお、約束通りキツネを捕まえてきたぞ。逃げられないように、みんなで取り囲んでくれ。」
仲間たちが周りを取り囲んだのを見ると、若者は少女ギツネをしばっているひもを解いて放してやりました。
しかしそのとたん、キツネも仲間のみんなも、すーっと消えてしまったのです。
「なに!……しまった!あの仲間は本物ではなく、キツネが化けた物だったのか!」
若者はじだんだをふんでくやしがりましたが、でも数日後、再び少女ギツネを捕まえたのです。
若者は、キツネに化かされないためのおまじないにまゆ毛につばをつけると、注意しながら本当の仲間の所へ行きました。
そして仲間と一緒に、さんざん少女ギツネをこらしめてから放してやりました。
それからしばらくたって、若者はその少女ギツネの事が妙に気にかかり、高陽川のほとりまで様子を見に行きました。
するとやはり、あの少女ギツネが現われました。でも着物は薄汚れていて、顔色もよくありません。
若者は、少女ギツネにやさしく声をかけました。
「この前は、少しやりすぎたようだ。今日は何もしないから、京まで乗せていってやろう。」
すると少女ギツネは、悲しそうな目で若者を見ると、
「どんなに乗せてもらいたくても、またこの前の様に、こらしめられるのは怖いから、いやや。」
と、言って姿を消して、二度と現われる事はなかったそうです。