おじいちゃんのねがい

「みのる、行ってくるぞ。」

「おばさんの言うことをちゃんと聞くのよ。いい?じゃあ、行ってきますね。」

ぼくは下川みのる、小学四年生。

ぼくのパパとママ、今日はけっこん記念日。すごく仲よし。だからパパとママは親せきのおばさんにぼくをたのんで旅行に行ってしまった。

「プルルルル。」

電話がなった。ぼくはすぐに電話に出た。

「はい、下川です。」

「おばさんだけど、パパとママ、もう出ちゃった?あら、そうか。ゴホン、ゴホン。」

「あれ?おばさん、だいじょうぶ?」

「かぜひいちゃったのよ。熱が高くて、おばさん、みのくんのところに行かれなくなっちゃったの。」

「えー……。」

「なにか食べる物、ある?」

「うん、冷蔵庫にたくさん入ってるよ。」

「そう、じゃあ、明日とあさって、みのくんひとりでだいじょうぶ?」

「うん、そのくらい、へっちゃらさ!!」

「困ったことがあったら電話してきて。夜にはおじさんも帰ってくるから。」

電話を切ってからぼくは困った。

(どうしよう。あんなこと言っちゃったけど、冷蔵庫の中、なにか入ってたかなァ。ぼく、ごはんなんか作れないよ。スーパーで買うお金もないし……。)

そんなことを考えながら、日が暮れるまで、ベッドでゴロゴロしていた。

「宅配便でーす。」

大きな声にぼくは、ハッとして目が覚めた。そういえばママが、

「たくはい便が来たら、ここからはんこを出してね。」と引き出しを指さして、言っていた。ママが指さしていた引き出しから、はんこを取り出すとドアを開けた。たくはい便屋さんがまだか、というような顔をして立っている。

「ここにはんこをおしてね。」と言われたので、ぼくはさし出された紙にはんこをおして荷物を受け取った。小さなダンボールをふると、カチャカチャと聞こえた。

荷物の中身を見てみると、ひとつの古いちゃわんがあった。

(なーんだ、ちゃわんか)

と思いながら食卓の上に置いておいた。ふと時計のほうに目をやると、もう七時じゃないか!!

「ごはん作らなきゃっ。えーっと……、ママはこうやってごはんをたいてたっけ。」

ママのやっていたことを思い出し、やっとの思いで、ごはんをたいた。

「あとはおかず。」

料理の本を見にいった。ぼくが料理の本を見ていると、台所のほうから、ガチャガタガタコト、という音がした。いそいで見にいくと、音は静まって、おかずが食卓の上に用意してある。

「あっ!!おかずができてる。いったいだれが作ったんだろう。」

不思議に思いながらも夕ごはんをすませた。そしてすぐ寝てしまった。

目が覚めると六時三十分だった。

「ん。ねむい、朝ごはん作らなくっちゃ。」

ぼくは台所に歩いていった。すると、またごはんやおかずが用意してあった。

「本当に、いったいだれが……。そうだ、お昼に確かめてやる。」

そのとき、ぼくのおなかがグーッ、と鳴った。

「ひとまず、朝ごはんを食べよう。」

いすにすわってもりもり食べた。食べ終わると、なにか武器はないかと部屋へ探しに行った。

十二時くらいになった。カチャゴトガタン、という音がした。ぼくは虫取りあみとおもちゃのてっぽうを持って、ふすまのすき間から、食卓をのぞいた。その瞬間、どっとひやあせが出た。昨日とどいた古いちゃわんに手足がはえて、昼ごはんを作っているのだ!!汗で手がベタベタになった。

ゴトッ、手に持っていたおもちゃのてっぽうが落ちてしまった。

「あっ。」とぼくはさけんだ。ちゃわんはこっちを向いて目を丸くした。おどろいているようだ。にげようとして走り出したとき、食卓から、

『ガシャ』と落ちて、手足がすうっと消えていった。ぼくは落ちたちゃわんに近づいて、手に取ってみた。かけらが飛んでヒビが入っている。

『ガチャリ』ドアが開いて、パパとママが入ってきた。もうちゃわんは消えてなくなっていた。ママは息をきらしながら

「おばさんが熱を出して来られないって聞いたから、いそいで帰ってきたのよ。」

「お、みのる、ちゃんとごはん作れたのか、えらいな。」とパパ。

「あ、う、うん……。」

ぼくが作ったわけではなかったから本当のことを話そうと思ったが、本当のことが言えなかった。

「あら、小包が来てるじゃない」

とママがダンボールを開けた。

「おー、親父の形見のちゃわんだ。これはな、親父が子どものころ使ってたちゃわんなんだ。あのころは戦争で物がなくて、親父の家も、米なんか、ほとんど口にできなかった。いもがゆを水でのばした、しゃぶしゃぶのやつや、すいとんばかりだったそうだ。育ちざかりの親父は、腹をすかして、明日は、ちゃわんいっぱいのごはんが食べられるようにと、毎日ちゃわんに手を合わせていたそうだ。空襲で、家が焼かれたときも、親父は、このちゃわんだけを持って防空ごうににげた。おふくろが死んだあと、かたづけをしていたとき、おしいれのおくからこのちゃわんが出てきたんだ。おふくろをなくしてしょげていた、子どもだったオレをよんで、戦争の話をしてくれた。このちゃわんがあれば食うに困らんぞ、と言って、親父は笑っていた。なつかしいなー。」

「どうしてそのちゃわん、送ってきたの?」

とぼくは聞いた。

「親父の実家が古くなってもう建てかえるそうで、この前、くらだしをすると、ほうじのときに言っていたから、例の親父のちゃわんがあったら捨てずに送ってくれとたのんどいたんだ。」

ママは

「まあ、そうなの。」と言っていた。ぼくは『そうか』と思った。

(おじいちゃん……。)

おじいちゃんの『ねがい』がかなったんだ。

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