雨の帰り道
いまは、雨がふっている。きみえは、かさを忘れてきてしまった。いまふり始めたばかりの雨がやむわけがない。学校のげた箱のそばでため息をつきながら、きみえは外をながめた。
大つぶの雨は、ガラスまどをつたいながら下へ下へとおりていく。
学校から家までは少し遠い。どんなに速く走っても、きっとズブぬれになってしまうだろう。
きみえは、また大きなため息をつくと、ろうかのほうへと目をやった。だれもいないろうかはうす暗くて、かえってさみしかった。きみえは、一度目をこすって、またむき直ろうとした。すると、ろうかのほうから、小走りな足音が聞こえてきた。
足音の持ち主は、
「あーあ、まだ雨ふっとる。ついてないなあ、かさ持ってきてないのに。」
と、ひとりごとを言いながら、きみえと同じげた箱までやってきた。そして、きみえの視線に気づいたらしく、
「ああ、あんた、たしか五組か六組のきみえちゃんやな。えっと、どっちやったかな……。」
「六組です。」きみえは、小さめの声で答えた。
「そうや、六組や、六組。ゴメンゴメン。うち、人のこと覚えるの、ヘタやから。」と、早口で言いきった。
「ええっと、たしかあなた、二組の幸子ちゃんだっけ。」 やっぱり小さめの声で言うと、
「うん。ようしっとんな。っていってもあたりまえか。もう六年間も同じ学校やな。一回も同じクラスになったことないけど。」
きみえは、少しホッとした。
(こんなに明るい人もめずらしいな。)
と思いながらも、暗いよりはいいだろうと思ったからだ。
「あ!」
とつぜんの幸子の声に、きみえは、首をすくめた。
「どないしたん。そんなでっかい声出して。」と、今度は少し大きめの声で言うと、幸子ははずんだ声で、
「おきがさがあったの忘れとった。うち、かさとってくるわ!」
幸子は、きみえがとめるひまもなく、うす暗いろうかを階段目がけて走っていってしまった。 きみえは、またため息をついてしまった。
きっと、幸子はさっさと帰ってしまうだろう。しかし、きみえはおきがさを持っていない。また、ひとりで雨が上がるのをまつのだ。
そんなきみえの思いをよそに、幸子のはずんだ足音がきみえの耳に飛びこんできた。
「ホンマにたすかったあ。さ、早うくつはきかえて。まあ、ふたりやから、少しはぬれるかもしれんけど、ないよりはマシやろ。」
きみえの瞳が、幸子ひとりだけを見つめた。幸子は、あいかわらず満面の笑顔をむけている。そして、きみえの手を引っぱり、片手でかさをさした。
校庭は、池のような水たまりがたくさんあった。コンクリートの道は、水たまりでいっぱいだった。くつを前に進めるたびに、水がはねかえる。道路に出ると、よけい水たまりが多くなって、車が走るたびににごった水がふたりのくつやスカートをぬらした。
ひとりではさみしい雨の日の帰り道でも、ふたりなら話がもりあがった。クラスのことや家族のこと、いまのなやみなど、ふたりはありったけのことを話した。
ふたりを見守るように囲っていたきりも、少しずつ晴れてきた。そして、きりが晴れるとともに、きみえの家の目じるしの赤い屋根が見えてきた。
「なあ、あんたの家どこなん?けっこう歩いたけど。」
とつぜんの声に、きみえは、我にかえった。
「あ、あの赤い屋根の家だけど。」
少し口ごもりした声がこぼれた。が、幸子はなにも気づかずに、
「ほな、もうすぐやな。」
と、明るく言った。そして、ついに家についたが、少しさみしい気もした。
「じゃあ、うち、そろそろ帰るわ。」
と言って、幸子はにげるように帰っていった。そして、家の中できみえは初めて気づいた。幸子の家がきみえの家と反対方向だったことを。
きみえは、ただ道を見つめ、ぼうぜんとした。
次の日も、昼から雨がふりだした。
きみえは、念のため、と、かさを持ってきていた。そして、げた箱までくると、ふと、さみしそうに空をながめている女の子が目に入った。
きみえは、かさを強くにぎりしめ、勇気を出して声をかけた。「ねえ、あなた、かさ忘れたの?かさないんだったら、いっしょに帰らない?」